大衆は本質など、どーでも良かった件

最近、ある記事を読みまして

なるほどな~と思ったことを・・・

 

 

どーも、僕が書く記事は受けが悪いなと

 

まぁ、HIROさんのもそうだけど

僕よりはマシかな(笑)

 

2人揃って受けの悪い記事書いてんすよね

 

一人よがりの記事なのかな~とか

 

以前からそれは思ってはいたんです

 

 

 

自分としては本質が大事だと

 

上っ面の薄っぺらい事、書いたって

 

意味ないだろ・・・と

 

 

でも…

実は誰も本質など求めてなんかないんすよね

 

大衆にとってはどーでもいいんすよ

本質を知ることに価値を見出してない

見出せないんですね

 

理解もできなければ

実感もできない

 

だから

本質を知る事よりも

 

  • 手っ取り早く10万円を稼ぐ方法

 

  • 1日たったの15分で5万円を受け取る方法

 

  • 飲むだけで痩せるサプリ

 

  • 聞くだけで英語が話せるようになる

 

などの情報が求められがちなのですが・・・

 

 

しかし皆さん、ご存じアール・ナイチンゲールの有名な格言にあるように

『大衆は常に間違える』ものなのです

 

 

ですから、彼らが求めるものは

根本的な解決に繋がらないんですよ

 

どんなに本質に迫った内容のある記事を書いても

そこに大衆性が無ければ無視されて

逆にどんなに薄っぺらいものであっても

大衆性があれば関心を示すんです

 

現に薄っぺらい記事書いてるブログが

ランキング上位に居て

 

本質書いてるブログは

下の方にありますもんね

 

なんでこんなブログがこんなに上の方にあるんだ?

と前から疑問でしかなかったんですが

 

結局はそういうことだったんだなと

 

 

 

 

 

でね、そこでちょっと気づいた事があって

 

僕自身

本質は正しいこと、正義なんだと

思ってた節がありまして

 

本質を求めるが故に大衆を嫌う癖があるんですね

 

しかし、それって

危険なことで

情報発信側からすると

致命的なんすよね

 

僕が以前から言ってる

物事を一方向からしか見てない事と同じだったんですよ

 

確かに本質を追求するってことは重要です

・・・が、大衆はそれを求めていない

より多くの人の役に立ちたいと思っているんですから

大衆性も取り入れなければならない

 

本質側からの視点

大衆性からの視点

2つのバランスの取れた視点で書いた記事は

万人に響く記事が書けるのかなと

 

 

と・・・まぁ、ここまで書いてなんですけど

万人に受けなくても

一部のマニア的な人だけに支持されても

それはそれでいいんですけどねwww

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